常本琢招 特集上映プレイベント①
「映画の妖精 ヒロポンのシネマトーク」
5月4日(日祝) 午後2時半受付開始 午後3時開演
出演・広瀬寛巳(ネオ書房アシスタント・妖精) 常本琢招(映画監督)
定員・50名 入場料1500円 予約1000円 ドリンク代500円
会場・ブックカフェ二十世紀(ネオ書房運営)
東京都千代田区神田神保町2-5-4ワンダービル2階
(地下鉄神保町駅A1出口、右手にまっすぐ30秒)
ご予約・お問い合わせ kirira@nifty.com
キャリアだけは長いが寡作の監督・常本琢招が、2000年以降に撮った中短編4本(新作含む)を5月から映画館にて上映いたします。そのプレイベントとして、常本が10年以上前から、「このイベントを行わないと死ねない!」と画策していた催しを企画。皆さん大好きな「映画の妖精」広瀬寛巳氏による、初のトークショーを行いたいと思っております。
なぜこのイベントを行うのか?
SNSなどで、映画に関する言葉が垂れ流しのように氾濫する現代、本当の「映画についての言葉」とは一体なんなのか?「映画トーク」のハードコアを、集まったお客様に突きつけるイベントです。淀川長治氏が亡くなり、おすぎ氏が一線を退いた今、彼らに匹敵する映画の語り部は、蓮實重彦、山田宏一、上野昂志各氏の世代で終わりなのか・・・いやそうではない。その圧倒的な喋りを目の当たりにした西山洋市監督に、「シネマの記憶装置とは、この人のことですか?」と言わしめた、広瀬寛巳氏がいる。その広瀬氏が初めて人前で行うトークを、ご堪能いただきたいと思っております。
イベントのイメージは?
伝説と化した小劇場「渋谷ジャン・ジャン」の人気企画「おすぎのシネマトーク」のように、シンプルな舞台で、広瀬氏と常本の二人が2時間、70年代から、広瀬氏が故郷・三重で、常本が故郷・仙台で、観てきた映画をひたすら語り合い、ダーディ工藤さんあたりしか知らないような映画の単語が飛び交う、もちろん現在に至るまでの映画も射程に入れる、ハードコアなイベントです。
常本琢招 特集上映プレイベント②
「フィルムキッズ研究」
5月18日(日) 午後2時半受付開始 午後3時開演
出演・フィルムキッズ演出部。
キッズ作品の技術スタッフ、外部監督、俳優などにも、ぼちぼち交渉中
司会・千浦僚
定員・50名 入場料2000円 予約1500円 ドリンク代500円
会場・ブックカフェ二十世紀(ネオ書房運営)
東京都千代田区神田神保町2-5-4ワンダービル2階
(地下鉄神保町駅A1出口、右手にまっすぐ30秒)
ご予約・お問い合わせ kirira@nifty.com
恵比寿駅前にかつて存在した映画制作会社『フィルムキッズ』。
創設者・廣木隆一監督を筆頭に、演出部は鎮西尚一、大工原正樹、常本琢招、金田敬、光石富士朗、安藤尋、松岡邦彦、久万真路、七里圭、黒川幸則など。
また脚本家として井川耕一郎・塩田明彦をはじめ、さまざまな才能が集った、まさに梁山泊のような映画制作事務所でした。
これだけの、現在も活躍する、質・量ともに充実した監督を輩出したにも関わらず、今は忘れられたこの事務所。一体どんな会社で、どんな映画を作り、一体なぜ無くなってしまったのか?その業績を振り返るイベントです。
当日の議題としては
「廣木監督、キッズを語る」
「山師?名伯楽?プロデューサー千葉好二伝説」
「孤高の監督・鎮西尚一研究」
「キッズを支えた脚本家・井川耕一郎」
+参考上映あり (以上予定)
今はそれぞれの場で活動しているキッズ出身の監督らが集い、今は無くなったあの事務所のあれこれを語り、かってこんな場があったという熱気を、集まった観客の皆さんにお伝えできればと思っております。
監督・常本琢招は、1985年にPFF入選。
1990年の商業デビューを経て現在まで、女性の多様なニュアンスを、男性の勝手な妄想や、男性に都合の良い幻想にとらわれず、偽りのない言葉や身体をもって描き続けてきました。その演出力は、黒沢清・高橋洋・塩田明彦氏など、監督たちからも強い支持を得ています。
そんな常本監督作品を今回特集上映することは、男性目線ではない作劇で、自分の意思を持った女性を描く映画が求められる今だからこそ意味があるのでは、と確信しております。
今回の企画は、監督・常本琢招が、新作『何もない部屋』を久しぶりに完成させたことをきっかけとした、新作と旧作を組み合わせた特集上映。具体的には、監督・常本琢招が2000年代に入って制作していながら、これまで本格的な上映を行なってこなかった3本の映画と、昨年完成の1本の新作です。
今回の4本は、 主人公が女性で、その生き方を描くと言う共通点があります。しかし、4人の主役たちは、それぞれ違う顔を持っています。そして、演じる俳優が粒揃い。
『みつかるまで』は、映画『夜明けまでバス停で』、TV「東京タワー」など、実力・人気を兼ね備えた俳優となった板谷由夏。
『アナボウ』は、「ビズリーチ」のCMで注目され、その後、ドラマ「グランメゾン東京」など出演作が絶えない吉谷彩子。
『何もない部屋』は、映画『忌怪島』『鯨の骨』『Chime』など立て続けに出演作が公開される川添野愛。
『蜘蛛の国の女王』は、 映画『深呼吸の必要』、TV「仮面ライダー龍騎」などで根強い人気を持つ久遠さやかと、素晴らしい俳優が揃っており、其々の俳優たちが、俳優の魅力を活かすことに定評のある常本監督の映画術で、どのような表情を見せているのかも注目です。
監督・脚本:常本琢招|原作:望月明美(『ル・ジャルダンへようこそ3』(新潮社)より)|制作:佐倉萌|撮影:前川和久|音楽:村山竜二
出演:川添野愛(『Chime』)、木原勝利(『東京遭難』)、春風亭伝枝、奈良坂篤
銀座のホステス(川添野愛)に惚れた男(木原勝利)が、別居中の妻と二兎を追おうと思ったが、結局振り回されて、自分で自分を壊してしまった、という話。
~浦島太郎は蓬莱山へ行けたのか?~
『何も無い部屋』を見ていると、様々な妄想が湧いてくる。そもそも、あのヒロインは実在したのか。もし主人公が彼女の実家に行ってみたら、そこはススキの枯野ではないのか。彼女の言うパパは、果たして人間なのか。狐狸妖怪、いや天狗の大将かもしれない。離婚を迫る妻でさえ、劇中には顔を出さず幽霊のようだ。結婚自体が彼の妄想っぽい。義父も弁護士も上司もホステスさん達も、彼に関わる人々、シチュエーション全てが彼をおちょくるために仕立てられているようにも思える。
日本の昔話や民話には「異類婚譚」が多い。『鶴女房』『蛤女房』、怪談なら『雪女』。『何も無い部屋』もその系譜と言えるだろう。これらの物語は最後には悲しい別れが待っている。本作も例外ではないのだが、なぜかアッケラカンとした楽しさが全編に漂っている。
原作は銀座のLe Jardinというナイトクラブのママさんの小説という。恐らくお店で現実に起こったアレコレを素材に書かれた作品だと思うのだが、この映画版はそれらの事件を民話的な味付けで楽しい夢に昇華している。ベテラン常本琢招の演出はさりげなく、楽しく軽くさらりと観てしまえるのだが、実はパートパートに巧妙に異世界への扉が用意されている。マンガ的な吹き出し演出や画面分割、時空間をシャッフルした画作りも、短い尺に多数の視点やキャラの内面を描きこむ昔話の語り口に似ている。何度も舞台になる神社、坂道などは「異界の入口」とも言われている。機会があれば、そのような視点で何度も観直して頂きたい作品だ。
御伽草子の『浦島太郎』の最後、太郎は鶴となって蓬莱山へ飛び、亀となった乙姫と結ばれるという。本作の浦島太郎もあの坂道から蓬莱山へ旅立ったのだろうか。気が多そうな太郎だから、目当ての乙姫さまと結ばれたかどうか心配ではあるが……。
*『何も無い部屋』というタイトルも、異類婚姻譚の変形であり隠れ里ものの『見るなの座敷』の裏返しとも思えて興味深い。
監督:常本琢招|脚本:藤田一朗|撮影:志賀葉一|音楽:クマガイコウキ
出演:板谷由夏、水橋研二、奈良坂篤、諏訪太朗
高い理想を抱いて絵を描いてきた画家・芳美(板谷由夏)は挫折して自分を見失い、今は電車の中で盗みを働く日々を送っていた。そんな彼女の前に現れた謎の青年・哲史(水橋研二)。「夜の町を走って逃げるあんたの姿、カッコよかった。流れ星みたいで」。哲史は人懐っこい笑みを浮かべ、芳美につきまといだす
監督・脚本:常本琢招|撮影・照明:志賀葉一|挿入曲:「この世の果て」富山優子
出演:久遠さやか(『仮面ライダー龍騎』)、西山朱子(『INAZUMA稲妻』)、粕谷美枝、佐藤五郎、佐藤幹雄、山崎和如、クマガイコウキ、山田広野(声)
気鋭の女性建築家・映子は、憧れだった先輩女性建築家・美子と再会した。今は職もなく生きている美子を、自分の事務所に雇う映子。そこから、美子の仕掛けた恐るべき罠が展開していく・・・怪物のような女とヒロインの息づまる戦いを描く。
監督:常本琢招|脚本:香川まさひと(「羊の木」脚本 「監察医 朝顔」「前科者」原作)|音楽:村山竜二
出演:吉谷彩子(「ビズリーチ」CM 「グランメゾン東京」)池永亜美、金井隆、中原翔子
「アナボウ部」に青春を賭けているヒロイン・一子は最近イライラしている。親友がストーカーのような同級生男子に付け回されていることと、一子の指導が厳しすぎるため部員が全員退部してしまったから。はたして、一子はこの精神的危機からどうやって脱出するのだろうか?
常本琢招
1963年 宮城県生まれ
1981年 福島大学経済学部入学
1985年 ぴあフィルムフェスティバルに入選
同年上京 廣木隆一監督の助監督を始める
『にっぽにーず・がーる』(1984年 8ミリ PFF85入選)
『女高生 有希子の日記』(1985年 8ミリ)
『じょしこう騎兵隊だっ』(1986年 8ミリ)
『制服本番 おしえて!』(1990年 主演:山下麻衣 桂木美雪)ピンク映画デビュー作 ズームアップ映画祭新人監督賞
『みつかるまで』(2002年 主演:板谷由夏 水橋研二)
『蜘蛛の国の女王』(2009年 主演:久遠さやか)
『アナボウ』(2010年 主演:吉谷彩子)※ゆうばりファンタ2011 オフシアターコンペ出品
『蒼白者 A Pale Woman』(2013年 出演:キム・コッピ 忍成修吾 中川安奈)
『何もない部屋(2023年 主演:川添野愛 木原勝利)
『成田アキラのテレクラ稼業』(1993)
『人妻玲子•調教の軌跡』(1995)
『のぞき屋稼業7』(1995)
『いたずらロリ一タ』(1995)
『黒い下着の女教師』(1995)
『投稿写真白書』(1996)
『秘蜜 教えてあげる』(1996)
『新任女医 淫らな診察室』(1997)
『健康師ダン』(1998)
『恋愛家庭教師 未熟な抱擁』(2000)
『恋愛ピアノ教師 月光の戯れ』(2001)
[純愛はどこに]
伊藤洋司 (中央大学教授)
雨の夜道で見かけた女が忘れられず、哲史は彼女が利用するかもしれない食料品店で時間をつぶす。果たして女が煙草を買いに店に現れ、彼は再会に成功する。この時、「十八ではなにかがワルイ」という山下麻衣の歌声、つまり稲川方人が作詞をした「みなしごキッチン」の歌声が狭い店内に流れ、『みつかるまで』というこの映画が伝説的な傑作、『制服本番 おしえて!』(注1)のリメイクであると示唆される。そう、『制服本番 おしえて!』では、山下麻衣扮するまりが、ゴダールの映画でアンナ・カリーナが歌うように、この歌を口ずさんでいたのだ。確かに、『みつかるまで』で哲史が魅了された芳美はまりのような女子高生ではもはやなく、青春と呼ばれる時期も過ぎた大人の女性である。『制服本番 おしえて!』は若さ故の疲れのなさにより溌溂としているが、『みつかるまで』には人生に疲れたような倦怠感が漂っている。だが、まりも芳美も、社会人男性の隙をついて金銭を奪う常習的な犯罪者には変わりない。浩がまりを恋したように、哲史は芳美に恋をする。常本琢招のこの二本は、異なる年齢の男女による同じボーイ・ミーツ・ガールの物語の変奏とは言えないだろうか。
常本琢招の『蜘蛛の国の女王』はもっと密やかに『制服本番 おしえて!』を反復している。『蜘蛛の国の女王』は映子と美子という二人の女性建築家の複雑な関係を描くが、これは、『制服本番 おしえて!』の裏の物語、つまり二人の女子高生、涼子とまりの関係を思い出させる。勿論、涼子とまりは同い年の同級生で、映子は美子より若く、かつて美子の助手をしていたのだから、二本が同じ人間関係を描いているとは言い難い。だが、接吻で始まる涼子とまりの関係も、接吻で終わる映子と美子の関係も明らかに性的なものであり、涼子はまりに対して、また、映子は美子に対して、憧れと反感という相反する感情を抱いている。まりも美子も煙草を吸う女であることに注意しよう。レオス・カラックスの『汚れた血』で、ジュリー・デルピーがドニ・ラヴァンの煙草の咥え方を真似たように、まりは路上で、同じような仕方で煙草を唇に挟みながらライターで火をつける。美子も最初に登場する時、ライターで煙草に火をつけて路上喫煙をしてみせる。ただし、喫煙女性という点では、『みつかるまで』の芳美も同じだ。しかも、美子が元建築家で、芳美が元画家であることを考えれば、美子はまりよりも芳美に似ていると言えそうだ。哲史が芳美との再会を求めて食料品店で張り込んだように、映子も美子との再会を求めて西新宿の路上で彼女の姿を探す。美子が急に眼前に姿を現す瞬間が二人の女性の腰と足のアップだけで描かれるのを見ると、ボーイ・ミーツ・ガールがガール・ミーツ・ガールとなって同じ物語が繰り返されるのではないかと感じる者もいるだろう。しかし、その予感は虚しいものでしかない。
『みつかるまで』と『蜘蛛の国の女王』を経て、常本琢招は『アナボウ』を撮る。この短篇の異質性は誰の目にも明らかだろう。一応、『アナボウ』にも、女子高生のみくに惚れ込んで、告白しようといつも待ち伏せをする同級生の男子が登場する。だが、彼はボーイ・ミーツ・ガールの物語の主人公になることをあらかじめ禁じられているかのようで、不意に姿を消したみくを求めて路地を駆け巡ることしかできない。一方、女子高生の一子とみくの友情は丁寧に描かれている。だが、二人は漫才のような掛け合いをしながら登校を繰り返すばかりで、友情を超えた性的な何かが二人を結びつけることは全くない。勿論、『制服本番 おしえて!』と『アナボウ』が、性的な活動を行なう高校生たちのグループの物語という共通項を持っていることは見落とせない。『制服本番 おしえて!』には女子高生たちの売春グループが登場し、『アナボウ』にはセックス甲子園を目指すという共学の高校のアナボウ部が登場する。だが、似ているのはここまでで、『制服本番 おしえて!』がグループに加入したまりとグループ外の浩の間のルールを逸脱する性愛を描くのに対して、『アナボウ』が描くのは、部活動のルールにどこまでも忠実な部長の一子の孤軍奮闘ぶりである。
『何もない部屋』も、『アナボウ』に劣らず異質な短篇だ。『何もない部屋』では、妻に逃げられたばかりの会社員の慎二と、愛人のマンションを飛び出した銀座のホステスの優香が出会う。会社員の妻もホステスの愛人も一切映画に登場しないことが、映画の物語を複雑な人間関係の物語ではなく一人の男と一人の女の物語にしている。しかし、妻に逃げられ慌てふためく会社員も愛人のいるホステスも、ボーイ・ミーツ・ガールの物語の主人公に全くふさわしくない。男は女に惚れるものの、二人が行なうのは本物の恋愛ではなく、恋愛遊戯にすぎない。ただし、『何もない部屋』を『制服本番 おしえて!』につなげる共通項がある。どちらも、愛の欲望を利用した金儲けをめぐる物語を語っているのだ。この点で、優香と慎二の関係はまりと彼女と一緒にホテルに行き財布を盗まれる男たちの関係に相当すると言える。
逃げた妻を追い、同時にホステスも追う慎二。多くの観客が疑問に思うだろう。ボーイ・ミーツ・ガールの純真さはどうなったのだろう、と。事態を見極めるために、常本琢招の映画における純愛とはどのようなものだったかを明確にしよう。常本琢招の映画における最も純真な愛とは、『いたずらロリータ』(注2)の愛ではないか。映画の奇跡を体現するような常本琢招の傑作、『いたずらロリータ』の命を授かったフィギュアの愛だ。自分の愛する男が本当に愛しているのは自分ではなく、自分にそっくりな別の女であると気づく時、その愛はヒッチコックの『めまい』の愛を反復している。そして、フィギュアは自分の愛する男の愛を成就させようとするのだ。これほどの純愛が他にあるだろうか。だが、ここで見逃してはならないのは、この純愛が命を授かったフィギュアの愛という極めて人工的で倒錯的な状況のもとに成立していることだ。まるで自然で純粋な状況のもとでは純愛は成立しえないかのようである。ヒッチコックにおける愛がどういうものだったかを思い出そう。『めまい』の元刑事はマデリンの素行調査を依頼されたにも拘らず、彼女を好きになってしまったのではない。もし仮に素行調査を依頼されずに別の仕方で出会ったとしたら、彼女を好きになることなどなかった筈なのだ。だとすれば、クロード・ミレールの『死への逃避行』で、私立探偵がある女の身元調査を依頼されずに彼女に出会ったとしたら、好きになることなどなかったとも言える。そして、この映画でさらに大事なのは、その女が連続殺人犯であるにも拘らず、彼女を好きになったのではなく、連続殺人犯だからこそ好きになったということだ。それが分かれば、何故、『制服本番 おしえて!』や『みつかるまで』の男が女に惚れてしまったのかが分かるだろう。彼らは女が犯罪者であるからこそ惚れたのだ。そうなると、そもそも彼らの愛は純愛などでは全くないという主張も出てくるだろう。『制服本番 おしえて!』の浩にはひさこという恋人がすでにいて、「純愛が去っていくなあ」と彼女に呟かれてしまうのだから、そんな男がいくらまりを好きになっても、それは純愛とは言えないという主張にはそれなりの説得力がある。下着姿で体に触れてくるまりに、「駄目なんだよ、軽々しくセックスしちゃ。ときめきがないとな」と彼が言っても無駄だ。浩がしていることは、『何もない部屋』の慎二の行動と果たしてどれほど違っているのだろうか。
では、『蜘蛛の国の女王』の映子が自分の顔にラップフィルムを何重にも巻きつけないと性行為ができないように、常本琢招の映画の登場人物たちは皆、倒錯的な愛を生きているのだろうか。そのように考える人は、『アナボウ』の一子を過小評価してしまっている。一子は確かに誰も好きになっていないのだから純愛を生きている訳ではないが、部活動にはこの上なく真摯に取り組んでいる。まわりが誰もついて来れずに一人きりになっても、彼女は真剣に活動を続ける。これを純粋と言わずして何を純粋と言おうか。だが、ここで重要なのは、一子の純粋さが倒錯を前提として成立していることだ。彼女は性行為を快楽の技術として捉えて恋愛から切り離し、その技術の習得それ自体を目的にしてしまう。そこにはもう倒錯がある。その結果、神社の境内で一子が少年に対してする行為は、彼女の心のうちを考えるならば徹底して真面目で純粋な行為でありながら、ただ起こる出来事だけを見れば途方もなく倒錯的な行為であり、彼女は単なる変質者のようでもある。常本琢招の映画における純粋さとはこのようなものだ。慎二のホステスへの愛情も、ことによると彼自身の心のなかでは純愛なのかもしれない。
アナボウ部の部活動が学校のルールに完全に従った正しい活動でありながら、はた目には極めて不真面目に見えることに注意しよう。社会的に正しいかどうかはルールといった客観的な基準によって判断される筈なのに、どれだけルールに従っていてもそれだけでは正しいとみなされないのだ。それはルールが不十分だったり不備があったりするからではない。純愛も正しさも、さらに言えば、道徳や美も、あらゆる価値は非合理的な何かをもとにして初めて成立するものなのだ。そもそも、象徴秩序は秩序立てることのできない裂け目を前提として成立している。リアルと呼ばれる非合理的な裂け目だ。リアルとリアリティを取り違えてはならない。リアルとはあらゆる価値の根源に見出されるこの裂け目に他ならない。ドゥルーズが潜在性と呼び、時には時間イメージと呼んだりしたものも、この裂け目としてのリアルである。ドゥルーズがどうしても認められなかったのは、こうしたリアルがそこに確かにあるようなものではなく、どこまで行っても空虚しか見出されないという事実だ。
そんな訳で、常本琢招の映画に頻出する印象的なカメラの後退移動や、ロベール・ブレッソンとは異なる味わいを持つ手や足のアップといった対象を取り上げて、このショットがいいとかあのショットがいいとかいくら言っても、それだけでは十分ではない。そうしたショットが何故いいのかを説明しなければならない。しかし、その説明が虚しいものでしかありえないのは、ショットが示すあらゆる価値は合理的な説明を根源的に拒絶するものだからだ。とりあえずここで言えることは、常本琢招の映画がこの非合理的で倒錯的な欲望にどこまでも忠実であるということだけである。これは映画への純愛なのだろうか。
(終)
(注1)『制服本番 おしえて!』(1990年)常本琢招の商業デビュー作。出演:山下麻衣、桂木美雪、田辺広太 (注2)『いたずらロリータ』(1995年)常本琢招のOV。出演:岸田麻里、周摩(大沢一起)、デビット伊東
COMMENTS
常本監督、相変わらずの
きめ細かい演出で
いずれ劣らぬおもしろさでした。
─いがらしみきお(漫画家)
20数年前、監督と、夜中まで熱く話をし、
この作品に取り組んでいた20代の私の情熱は
まだ今の私の中に居るだろうか、と考えました。
それが残っている限りこの仕事を続けたい、
そんな思いが浮かびます。
経験に感謝します。ありがとうございました。
─板谷由夏
(俳優・『みつかるまで』主演)
私は、夢を見ていた…? 人間の脳みそはなんと、
愉快。壮大。何もない部屋には全てがあって、
あると思っていたことは何もなかった。
銀座という街には、夢も、現実も、人生も、
不思議の国への入り口までもが渦巻いている。
常本監督の織りなすワンダーランドを、
どうぞ、ご堪能ください。
─川添野愛
(俳優・『何もない部屋』主演)
この度は上映おめでとうございます。
「蜘蛛の国の女王」を改めて見て、気がついたことが一つあります。
それは、常本監督の演出は映画愛に溢れているということです。
初めて台本を読んだ時に感じたのは、「様々な感情を演じられるのか」
という不安でした。しかし、いざ始まってみると、スムーズに
感情がのりました。常本監督の映画愛を浴びることで、
私の心が反応したのだと思います。私を映画の中の
住人にしてくれて、ありがとうございます。これからも、
映画とともに楽しい人生をお過ごしください!
─久遠さやか
((俳優・『蜘蛛の国の女王』主演)
いつの時代も男は女に振り回される。いや、振り回されてるぐらいが
実は幸せなんだと思えてくる。振り回されるぐらい魅力的な
女性に出会えたこと自体に感謝しなきゃならないのだ。
もうすぐ彼もそれに気づくと思います。
─木原勝利
((俳優・『何もない部屋』主演)
『何もない部屋』の原作小説は、銀座のお客様の中で
一番に貧乏な男性を描こうという意図で書きました。
常本監督のお目に留まり、このような作品にして頂きましてとても感謝しています。
私がイメージしていた以上に、登場人物のそれぞれが魅力的に個性的に躍動していると思います。
─望月明美
(銀座クラブ「Le Jardin」ママ 『何もない部屋』原作者)
TRAILER
THEATER
5月22日木・31日土 6月12日木
※上映時間は決まり次第お知らせします
at Stranger
墨田区菊川3-7-1 菊川会館ビル1F
都営新宿線:菊川駅 A4出口 徒歩1分
半蔵門線・都営大江戸線:清澄白河駅 徒歩13分
※ご注意ください Strangerのオンライン予約は、ご利用できません。
(1日2プロ上映)
2プロ通し: 2,500円
6月7日土 15:30~
at せんだいメディアテーク
「クマガイコウキ特集」の一環として
仙台市青葉区春日町2-1
南北線勾当台公園駅下車、「公園2」出口から徒歩7分(約450メートル)
東西線大町西公園駅下車、「東1」出口から徒歩13分。
東西線青葉通一番町駅下車、「北1」出口から徒歩17分。